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【カ】
帰り道[名]

錦戸が伊藤を励ましたり、安田がすばるにガムを食わせたり、奇妙な出来事が多発する時間。ANOTHER当時すばるとヒナが濱ちゃんや真鳥と一緒に帰っていると、いきなり駅員に肩を掴まれ「君たちどういう関係?」と聞かれて「後輩です」と答えると、駅員は濱ちゃんらに「脅されてない?お金とか要求されてない?」と尋ねたそうな(爆)。どんなガラ悪い人に見えたんだ。
カキクケコ順[言]
横山に暴露された安田の奇天烈語彙集の一例。アイウエオ順と言いたかったらしい。
ガキバラ帝国2000[番]
タイトル通り2000年4月から始まったTBSの嵐&Jr番組。滝すば嵐メインの内容だったが、TBSはあまりバラエティが得意でないのか、いい加減盲目の私が見てもちょっと前の裏ジャニに張るほどおもしろくなかった(酷)。
風間俊介[Jr]
今となってはほとんど残っていない三馬鹿と同期(正確には少しだけ後)の東京Jr。遊戯王の声を当てていたため、「兄ちゃん遊戯と友達やで」と自慢したい横山の依頼で彼の弟と電話で喋る羽目になった。
家族ネタ[名]
エイトのMCやラジオにおいてかなりのウエイトを占める要素。特に横山ミナコ・渋谷タエコ・村上タダオ・丸山タカヒロの出現率が高い。
KAT−TUN[G]
1.
Jr内ユニットにもかかわらず、にうすが出来ようがエイトがCDを出そうが、未だ隆盛を誇る無敵のB型集団。ドリボの東西交流後は、なにかと関西になじみ深い存在。
2.横山にとっては菊岡の所属するグループらしい(笑)。K菊岡A安達T(室)龍規-T(濱田)崇裕U(浜中)文一N中田(大智)だったら、一生かけて応援するんだが。(←最後らへんムリクリ)
関西BOYS[G]
命名されたのはANOTHER当時だが、記憶にあるのは'02クリコンで紹介されたのが最初。たぶん真鳥・大智・濱田・薫太・進也の五人が正式メンバーで、場合によっては神山・楠本が追加される。使い回しのユニット名で、初代関西BOYSには横山や野中がいた。その時は「B僕らO大阪YヤンキーS少年」の略だったと思うが、現関西BOYSにそれが当てはまるかは不明。
関ジャニ通信[番]
本当は頭に「村上信五の」と付くが、あえて「関ジャニ通信」で。'04年秋から始まったABCラジオの新番組。パーソナリティのヒナ+毎週エイトの数人が来るスタイル。メンバーによってはかなり微妙な空気になるので、ヒナの腕の見せ所。
関ジャニKnight[番]
初めての関ジュオンリー番組。関テレ深夜枠は、一時途切れていたものの、この後「何ジャニ」「週間VW」「J3」そして現「ほんじゃに」へと続く。自衛隊に入隊したり、正○会館に入門して骨折したり、今以上に体を張る仕事がメインだった。




【キ】
ギザ十[名]
周りにギザギザの入った十円玉。自販機に入れると戻ってきてしまう。'03クリコン時期に帰りの電車代に使う小銭の中にギザ十が入っていたすばるが、通りかかった伊藤に十円をもらった(軽いカツアゲ)が、実はそれもギザ十で結局役に立たなかったという話に、なんだか伊藤の人となりを見た気分。
聴くジャニ[番]
関ジャニ通信と同じく'04年秋に始まったMBSラジオの新番組。毎週エイトのうち二人が出て、音楽について語る。が、いかんせんメンバーの半数以上が音楽に疎いので、すでにコンセプトが苦しくなってきている。
キスしたSMAP?[番]
確か田中純弥(タ行参照)が関西ジュニアとして出たことがあったはず。当時スマファンだった私が、TV映像で初めて関ジュというものを見た思い出。この枠も後に「堂本剛のDO-YA」「少年J」「J家の反乱」へと移り変わっていった。
北山純一[辞]
「何ジャニ関ジャニ」メンバーの一人で、純弥とワンセット。のんびり顔が初めて見た時にヒナと区別がつかなかったが、今考えればエイトにおける大倉的キャラ(背高・天然・のんびり喋り)だったかもしれない。
昨日の月が見える頃[曲]
'03クリコンで発表したBOYS初のオリジナル曲?と思った矢先に東京でJJに歌われてしまい、意気消沈。まだ神山や楠本が参加する前だったが、コンサートではバックで踊るエイトに目がいってしまったことを、今になって申し訳なく思う。
Can do!Can go![曲]
V6の曲だが、あまりにJrのイメージが強くついてしまい、本人達が歌っていると「Jrの曲やってんの?」と聞かれたそうな。Jr全盛期の象徴的な曲で、これをまともに踊れるか踊れないかで個人的にはかなり評価が変わってくる。一回関ジュ全員で踊ってほしい。
Gamble Guy[曲]
'04サマスペで文一・中間・桐山・伊藤+ミドルJrでやった曲。本歌はどうやら少年隊らしい。黄シャツに黒ベスト黒パンツでステッキを使って踊る文一に、在りし日の大堀inPZ(ハ行参照)の幻を見て涙した。
KYO TO KYO[劇]
京都シアター1200において'97〜98年にかけて行われた定期公演。TOP・MAIKO・ヤンジャニの3組に分かれており、メンバーに就学者がいようと平日の昼間にも平気で行われていた。出演者もファンもこれによって人生を狂わされたが、大野智がこの地でブレイクしたり、そもそも関ジュ自体がこの関西での定期公演のために集められた感もあるので、ある意味ありがたいかもしれない。現エイトメンバーも、'99年入所の内以外は全員出演していた。略称KTK。
京都ビストロジャーニー[番]
現嵐の相葉・二宮・松本の三人と、関西組(主に三馬鹿+純弥・北山)が料理対決する番組で、ロケメンバーとして錦戸・安田・大倉なども出演したことがある。マルは対決にも参加して、審査員山田邦子に気に入られてた。(アゴ繋がり?)野球シーズンの合間の不定期放送というのが、いかにも大阪らしいいい加減さ。




【ク】
口笛の向こう[曲]
'04年サマスペ初出のエイトオリジナル曲。今度発売されるDVDにも収録予定だが、予約表のタイトルに「口紅の向こう」ととんでもない誤植に見舞われる。コンサートにおいてはお手振り曲なので、エイトはもちろんバックメンバーのはしゃぎっぷりが見物。特に文一は暴れすぎて色んな子にぶつかったりして非常に迷惑をかけている(笑)
クリスマス[名]
盆正月と共に、彼氏持ちのジャニファンにとって進退を決める機会。担当と彼氏どちらを選ぶかは、永遠の命題。

呉村哲弘[辞]
魚谷(ア行参照)と同じく、「関ジャニknight」に出演していたメンバー。在籍時期よりその後(他事務所に移って芸能活動してた)の方がビジュアル上昇。V6剛ちゃんの背が伸びた感じになってて、ひどく驚いた。



【ケ】
「計算です」[言]
内博貴迷言シリーズ。DOUTONのMCで、'02クリコンのオーラスで内が泣いたという話を嬉々として振った横山に、内が言った一言。
下駄ップ[動]
一般メディアにこの言葉が現れたのは北野武監督映画「座頭市」からと思われるが、関ジュにおいてはKTKからの伝統芸。DOUTONで4年ぶり?に復活し、バチを折りまくる横山や動きについていけずテンパるすばるを後目に、ヒナ一人余裕をかましていた。しかし一番思い出に残っているのは、袴を履いて髪の毛をリボンでくくった文一のお小姓姿!室兄なんかは結構舞台中央の目立つ位置にいたのに、ちびっこ文ちゃんは二階三階からは死角になる花道組でした。
Get Down[曲]
タッキー&翼における翼のデビュー曲だが、'02クリコンでマルが完コピ。手の癖から体の動かし方まで、本物の翼よりも翼らしく踊ってしまったため、コンビとして滝曲をやったヒナは笑いに走るしかなく、曲の途中でズボンの裾から取り出したパンを食べたりしていた。ちなみにその公演でプチMCコーナーに出た文一は「あれ(パン)はマイクや」と説明。この時マルのバックで偽カツンとして踊っていた時は、文一と室兄のシンメだったな…。(遠い目)




【コ】
国分太一[TOKIO]
ヒナの師匠?USO(ヤ行参照)きっかけで異常に懐き、道で偶然会った時に「太一くんやないですかー。どこ行くんですかー」とまとわりついてご飯を奢ってもらったエピソードをTOKIOファンに話すと、「あの太一に奢らせるなんてすごい」と言われた。メントレのゲストにいつかエイトを呼んでほしいもの。
腰回し[動]
カツンの専売特許的なイメージがあるが、エイトでは安田&錦戸、関ジュでは室兄&中間が得意とする。特に'04サマスペでの室兄&中間は、毎度お約束のように二人で並ぶ僅かな時間に実行していた。
コンサート[名]
横山曰く、「8人でないと出来ないもの」。自分一人でも漫談やトークライブなら出来るらしい。
「こんにちワンツー」[言]
レコメン企画で流行語大賞を狙って横山が生み出した挨拶。セリフだけではなくボクシングのワンツーパンチの振りが付く。しかしラジオでそれが伝わるはずもなく、私は梅駒ドリボMCで運良く?その動きを拝見。…振りがついたから何かが変わったわけでなく、どこでも流行ることなくノミネートすらされないまま'04年流行語大賞は終了。(そらそうだ)